終末期りはびりドリッパー

自分らしく生きるため、生きてもらうための知識や経験をドリップ。

他人の子どもだから気付けて自分の子どもは気付きにくいのかも。心の余裕を持とう

週の初めからお疲れなのか、

帰り支度でユニフォームを脱いで、気付いたら新しいユニフォームを着用してました。笑

 

…どうもUtaです。

 

スマホからの投稿はシンプル、かつ500字程度にしています。

 

前回、子どもに触れ合い慣れていないUtaが他人の子どもに触れ合った話をさせてもらいました。

 

他人の子どもに関わって。感情を知る、表出することの大切さ。 - 終末期りはびりドリッパー

 

「子どもの表現に気づき、適した表現が大事なのかな」

っていうことが経験不足ながら感じたところです。

 

でもなんとなく思いました。

 

それは、

「他人の子どもだからそう感じることができるのではないか」

ということです。

「隣の芝が青く見える」って言葉が適切なのでしょうか…

 

日々の忙しい生活の中で、慣れた我が子の表現っていつもの行動の1つとして捉えられたりするのでしょうか。無意識に見逃してしまうのかな…

 

そして親側も自分自身の身体や心の疲れが無意識にシャットアウトしてしまっているのかも…

 

話は戻りますが、

今回3時間ほど関わらせていただいた中でも、明らかに子どもの感情や行動に変化が現れている!と実感することができました。

 

ということは表現の受け取り方、表し方1つで変化を与えられるということなのかもしれません。

 

受け取るのも表すのも自分のセンサー次第ですよね。

 

子どもでも、親でも、老人でも。

男性でも、女性でも。

 

どんな人に接するにしても、自分にセンサーに余裕がなければいけないなぁと感じました。

 

 

そうなんです。

ぼくが経験の少ない子どもに触れようと思ったのは、「触れたい」という心の余裕や気持ちがあったから。

ぼくも日々忙しい毎日を送っていますが、ちょっとした穏やかな時間を作っています。

それが子どもに触れたいという気持ちの余裕を生めたのかもしれません。

 

忙しい中でも穏やかな時間を作ることは周りをも大切にできるなぁと感じました。

 

まずは自分を大切に😌

一呼吸落ち着きましょう✨

 

Uta