終末期りはびりドリッパー

自分らしく生きるため、生きてもらうための知識や経験をドリップ。

終末期とQOLのそれぞれ

 

 

終末期のリハビリの現場で感じたこと。

 

終末期ではADLの改善よりは維持が目標になってくるし、ADL以上にQOLが求められる。

 

QOL向上のためには、その人のこれまでの生き方を知らなくちゃいけない。

今現在やこれからについてもしらなきゃいけない。

過去、現在、そして未来。

 

人によって違う過去、現在、未来はちがう。

把握することがナラティブアプローチのための一歩になりそう。

 

 

 


昨年担当していた方が亡くなった。


外来リハを受けていたことや入退院を繰り返してきたこともあり他患やスタッフがいつも周りにいるようなとにかく愛されていた方だった。

 

いつ亡くなっても仕方がないギリギリな状態でも来週の月曜に外出できないかと計画が立てられ、主治医や看護師2名の同行まで準備するという手厚さ。


それだけでもその人の人望が滲み出ていた。

そんな人望だからこそみんな一生懸命に支援するのは十分理解できた。

 

 

一方であまり口数が少なく、看護師にも打ち解けるような人ではなかった人もいた。

話してみると意外と話してくれる人。でも遠慮しがちで本心を隠すような人だった。

家族に対しても遠慮してしまって外出も希望しなかったり…。

 

その人は僕が担当だった。

僕自身もちゃんと向き合って語ってもらったり、違った関わりから何かの糸口をつかめばよかったのだけれど、うまくいかなかった。

 

セラピストのスキルの違いなのかもしれない。

人が違うのだから仕方ないかと思うかもしれない。

でも人によって支援の仕方がこんなにも変わるのかと落ちこむことと同時に、

「外出ができた」「今日はこれができた!」と盛り上がっている姿はどこか関わっているセラピスト自身のエゴなのではないかと思わざるを得ない時期があった。

 

 

 

その人と語り合い、今一度大切なことをさがしみつけ、それに向けてすすんでいく。

セラピストはそれに対して支援していく。

 

これは終末期ではなくても、今担当している人にできる。


今担当している患者さんに今のうちにできること、その人が大切に感じていることをもっともっと把握して関わっていかなきゃいけない。

亡くなる前になってから焦るのではなくて、『終末期だからQOL』みたいな感じではなくて、どの人であってもその人のためのQOLは目指して丁寧に、ひとつずつ…。

 

この人よりもあの人の方は支援が上手くできたとか比較してはいけなくて、

その人に対して何が一番できるのかを考えていかなくてはならない。

 

ちょっと書いていてよくわからなくなった。

 

でもQOL=『その人らしさ』を目指すのは終末期だけではなくて、誰もが当たり前に目指すべきものであり、それこそは作業療法作業療法士だからこそ自信をもって関わっていきたい。

 

そして、スポットが当たりにくい人ほど敏感に感じとりたい。

 

 

Uta